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5ヶ月ぶりの「朝寝坊」。吸引地獄から救ってくれた「ある一言」と、取り戻した夫婦の絆

  • 1月31日
  • 読了時間: 5分

 はじめに:静寂を切り裂く吸引音と、終わらない夜




深夜の静まり返ったリビングに、執拗に、そして冷酷に響き渡る「ズズズズ……」という音。私の夜は、静寂を食い荒らすこの機械音から始まります。

脳卒中の後遺症で言葉を失った夫は、喉に唾液が絡まると「うー、うー」と苦しげな唸り声をあげます。


  

それが私にとって、地獄の門が開く合図でした。



2時間おきの体位交換。その合間を縫うように繰り返される、終わりなき吸引。

うとうとと微睡みに落ちた瞬間に、またあの声が聞こえる。

そのたび、私の心臓は跳ね上がり、冷たいカテーテルを握る手は恐怖で震えます。


「私が吸わなければ、この人は死んでしまう」消毒液の匂いが染み付いた暗い部屋で、その強迫観念だけが私を突き動かしていました。

朝をまともに迎えた記憶など、もう5ヶ月もの間、どこにもありません。


 極限状態:年末に訪れた「死」の恐怖



絶望が深淵に達したのは、昨年の年末のことでした。

夫が恐れていた誤嚥性肺炎を発症したのです。病院はどこも満床で入院すら叶わず、自宅での点滴治療という過酷な現実を突きつけられました。


日を追うごとに夫の体は枯れ木のようになり、 たった9日間で体重は3.6kgも減少しました。骨が浮き出た夫の背中をさするたび、逃げ場のない自責の念が私を追い詰めます。「このままでは、夫は死んでしまう」「私が、私がこの人を殺してしまう……」。 短い呼吸を繰り返す夫の傍らで、私はただ、暗闇に呑み込まれそうな自分を必死に支えることしかできませんでした。


 希望の光:検索の果てに見つけた「非常識な答え」



暗い寝室で、唯一の命綱はスマホの画面でした。「誤嚥性肺炎 予防」「吸引 減らす」。何百回、何千回と繰り返した検索の果てに、ある言葉が私の目に飛び込んできました。


「横向きになると誤嚥しない。吸引も減る」

これまでの「仰向けで寝かせるのが正しい」という常識を根底から覆す一文に、私は震える指で助けを求めました。そこで専門家から告げられたのは、耳を疑うような言葉でした。「奥さん。肺に入ろうとしている唾液を一生懸命吸っているのでしょう? その唾液を、口から外に出してしまえばいい。そうすれば、もう吸引しなくて済むんですよ」

「吸うんじゃなくて、出す……?」 あまりに非常識な解決策に、私は激しい戸惑いと疑念を抱きました。数ヶ月間、機械なしでは一息もつけなかった私にとって、それは魔法のようであり、同時にあまりに信じがたいものだったのです。


実践と奇跡:機械ではなく「夫の力」で出た唾液


それでも、他に行く当てはありませんでした。

私は藁にもすがる思いで、LINEのビデオ通話を通じた専門家の指導を仰ぎました。

画面越しの指導は、驚くほど精密でした。「顎をあ少し引いて」「枕の高さはこれで大丈夫」「肩の位置を微調整しましょう」。 

それはまるで、命を繋ぐための厳かな儀式のようでした。

重力という物理法則を味方につけ、喉の解剖学的な構造を計算し尽くした「回復体位」の調整。そして、調整を始めてから1時間が経った頃、奇跡が起きました。

夫の口元から、透明な唾液がツーっと、ランプの光を反射してキラリと輝きながら、自然にシーツへと流れ落ちてきたのです。

 機械で無理やり引きずり出したものではありません。夫自身の体が、自らの力で不要なものを外へ押し出した瞬間でした。

「出た……本当に出てきた……」その光景を目にした瞬間、私の心を縛り付けていた「吸わなきゃ死ぬ」という呪縛が、音を立てて崩れ去りました。

吸引機を使わなくても、夫は穏やかに呼吸をしている。

私は声を上げ、堰を切ったように泣き崩れました。



  変化:5ヶ月ぶりの朝寝坊と、愛おしい寝顔


その翌朝、私はハッと目を覚ましました。

慌てて時計を見ると、針は「8時15分」を指していました。

 5ヶ月間、一分一秒たりとも許されなかった「朝寝坊」を、私はしてしまったのです。隣のベッドを恐る恐る覗き込むと、そこには重厚なまでの平和な静寂がありました。

あの不快な吸引機の音も、苦しそうな唸り声もありません。

ただ、夫がスヤスヤと、穏やかな寝息を立てて眠っていました。

その安らかな顔を見つめていた時、私は自分の心に、ある感情が瑞々しく蘇ってきたことに気づきました。

「愛おしい」。 

介護という義務に追われ、恐怖で麻痺していた心に、忘れかけていた夫への愛情が、温かな光のように差し込んできたのです。

管理すべき「患者」ではなく、愛すべき「夫」が、そこにいました。

私は震える指で、サポートの方へLINEを送りました。 

「5ヶ月ぶりに、朝寝坊しました」それは、私たち夫婦が再び「人間らしい時間」を取り戻した、幸福な再出発の合図でした。



 結びに代えて:今、暗闇の中にいるあなたへ

今、この文章を読んでいるあなたも、夜中の吸引地獄に一人で耐え、孤独な闘いを続けているのかもしれません。どうか、自分を追い詰めないでください。あなたのその苦しみには、必ず出口があります。

  • 唾液は「吸う」のではなく、重力を利用して「出す」

  • 「回復体位」という正しい姿勢が、家族とあなたの眠りを守る

  • 機械に頼り切る前に、夫や妻の「出す力」を信じてみる

この小さな一歩が、あなたの人生を、そして大切な方の尊厳を取り戻すきっかけになります。あなたが再び、愛おしい人の寝顔を穏やかな気持ちで見つめられる日が来ることを、心から願っています。


 一歩を踏み出すための「暗闇を抜ける地図」

同じ悩みを乗り越えた家族たちの真実の記録が、ここにあります。






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